▼紙屋研究所『国家の品格』評、昼休み感想

紙屋研究所:いま保守主義者との共同はできるか 藤原正彦国家の品格
http://www1.odn.ne.jp/kamiya-ta/kokka-no-hinkaku.html

 内容を大ざっぱにまとめると、次のようなものになります。

  1. 「論理」を中心にした近代的合理精神には限界がある。新自由主義共産主義も民主主義も自由も平等もそれらが生み出したもので、今日の世界のいたるところで破たんを生じている。
  2. その原因は「論理」を軸にしているから。論理はある条件下では問題を正しく導くが、それを忘れて万能薬のように扱うと大間違いに至る。
  3. 大事なのは「論理」ではなく、「情」や「形」であり、それを大事にしている文化はまさに日本文化である。これらの情緒を育む形が武士道精神だ。いまの日本はこれが廃れてしまった。
  4. 日本はこれらの文化を大事にし「品格ある国家」を再建し、世界の危機を救う聖なる使命を果たすべきである。

 どうですか。
 サヨクとよばれる人、それに近い人はまずあまりに強烈な異臭がして近づきたくないと思うのではありませんか。あるいは、ホリエモンみたいな新自由主義の権化のような人たちも相当の違和感をもつんじゃないかと思います。

いろいろな理由をつけて「論理」を否定して「感情」「気持ち」「人間」などに逃げ込んでしまう論法は、結局「論理」を踏みにじってごまかして誰かの利益を擁護したり「論理」を非難したりする場合がある。
だから好きではない。だから、急いで本書を読まなくてもよさそうではある(既に去年のそれだけど)。
まあ、資本の「論理」より庶民感「情」や人間らしい家族や生活の「形」が大切だというのなら、ここ数年はそういう判断の妥当性はますます強まっているし、こうした下々の「情」や「形」は抽象的なものではなく具体的なものであるから「論理」にはそぐわないかもしれない。
こうした人「情」や「形」を日本文化が守っているとするなら、「痛み」という「情」のようなものをかぶった小泉構造改革は日本文化はズタズタに破壊したということではなかろうか。
そんな批判は書いてあるのかな?