▼格差社会に育つ心根と再チャレンジ、機会平等

読み始めたところですが。読み終えて。

ローラリー・サマー著 青木純子訳『わたしには家がない──ハーバード大に行ったホームレス少女』2004年、竹書房

プロローグ

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 たしかにハーバードを、数ある黄金の扉のなかでも究極の扉だと考える人は少なくない。
 気がつけばわたしも〔貧しく不幸な者に対して黄金の扉の傍で灯火を掲げる自由の女神の〕台座にたたされ、アメリカが誇る成功物語の体現者になっていた。努力すればどんな夢も叶えてくれるアメリカ社会を、身をもって世に示したというわけだ。雑誌やテレビでわたしのことを知ったホームレス家庭の子供たちは、自分もがんばればあんなふうになれると勇気づけられたかもしれない。すでに特権を手にした人々であれば、今もアメリカの夢は健在だと、安楽椅子にくつろぎながら安堵のため息をもらしたのだろうか。
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 貧困は、たとえれば地球上に人間を縛りつけている重力のようなもの。重力があるために人間は鳥のように空高くはばたけない。それと同じように貧しい者は、いやおうなく底辺の暮らしに引きよせられてしまうのだ。
 「努力すれば成功は手に入る」と口で言うのは簡単だ。しかし貧困という否定しがたい現実がある限り、中に身を投げ出しむやみに翼をばたつかせるのは無駄なこと。いざ経済的にも知的にもさらに一段、上を目指そうとなると、奇跡を待つしかない。途方もない幸運がいくつも重なって初めて重力という厳然と立ちはだかる科学的事実にごくわずかな風穴が開けられるのだ。
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 ハーバードという特権的な世界へ舞い下りるまでに受けたさまざまな励ましや援助を思うにつけ、わたしは並外れた幸運に恵まれていたと思わずにはいられない。……貧困地域の学校は資金不足や教職員不足にあえいでいる。貧しい家庭の子供たちの多くは、必死で飛ぼうと翼を動かしても、満足な教育もままならぬ公立学校に墜落していくしかない。地面にしたたか体をぶつけ、地に蔓延する暴力や絶望に打ちのめされ、不平等な公教育システムのいやおうない重力を思い知らされるばかりだ。彼らが暮らす貧困という名の惑星には、この地球に働く以上の強力な重力が働いている。彼らにとって貧困は、ブラックホールに引きずりこまれでもするような、抗いようのない大きな力なのだ。