▼ナショナリズム観察
渡辺治「現代日本におけるナショナリズムの台頭」『日本の科学者』日本科学者会議 2006年3月号
帝国主義とナショナリズム
ナショナリズムの発生
大衆的ナショナリズムは資本主義の帝国主義的段階の産物であって、「近代」の産物だとするのは歴史的事実から言っても無理がある。
近代国家の成立によって、ネイション意識は生まれたが、それは一部の財産のある男子に限られていた。
- 帝国主義の時代において、教育や福祉を散布して大衆を国家に統合する財政的余裕が生まれたのである。そうしてはじめて労働者や女性は「国民」に昇格できたのである。
- また帝国主義間戦争における大衆動員の必要が大衆的ナショナリズムを要請したのである。
- 帝国列強の植民地支配を正当化するイデオロギーとしてナショナリズムは不可欠となった。
- 帝国主義による支配は植民地と帝国国内におけるエスニックマイノリティにナショナリズムの自覚を触発した。
第二次世界大戦後、帝国主義は単位で巨大な市場を求める志向を持ったことと、社会主義圏の成立により、帝国主義的ナショナリズムは不可欠ではなくなり、反共・冷戦イデオロギーの方が重要となった。
また、帝国主義各国において「福祉国家」が成立し、福祉国家による国民統合がナショナリズムの強固な基盤となった。
冷戦が終わると
日本のナショナリズム
戦後日本では、ナショナリズムは全体主義、戦前への復古主義として忌避された。
しかし90年代に入って日本は、
●アメリカのポチとしての軍事大国化の要請・衝動、
●グローバル経済下での競争力回復強化のための新自由主義改革
のいずれもがナショナリズムを要請した。
軍事大国化という面でははじめ軍国主義に対する国民やアジア諸国の警戒と、大日本帝国による植民地支配の正当化という欠陥のためナショナリズムを用いることができなかった。むしろ、「国際貢献」「国際的責任」論が援用され、天皇や村山首相が戦前の行動について反省して見せたりした。
今に続くナショナリズムはこうした外交政策への反発や危機感から、反主流派によって生み出された。
新自由主義的改革もナショナリズムではなくグローバリズムのイデオロギーを利用していた。自民党の利益誘導政治や日本型経営に対しての批判もグローバリズム、グローバルスタンダードが援用された。
21世紀のナショナリズム
新自由主義による国民統合の破綻は、日本において特別に強烈であった。新自由主義的な「構造改革」、規制緩和等により、社会統合の中核になっていた企業社会統合も農業や自営業などの周辺統合も破壊された。
倒産や失業に追い込まれた労働者・国民を助けるには、日本の福祉国家装置は脆弱であったばかりでなく福祉国家装置自体が新自由主義によって攻撃されていた。こうしてホームレス、自殺、犯罪者は増加し、産業も地域も空洞化し、不安で危険な社会となった。
こうした既存社会統合の危機は、保守政治家やイデオローグに強い危機感を持たせ、ナショナリズムの台頭をもたらした。
軍事大国化路線もナショナリズムによって正当化をはかるようになった。北朝鮮のミサイル問題、拉致問題、中国脅威論などを足場に、国民のナショナリズム感情に訴えながら政策を貫徹させようとするようになった。
99年の周辺事態法、02年の有事法制のときも北朝鮮や中国の脅威論が動員された。
日本のナショナリズムの日本的特質
軍事的ナショナリズム
共同体的ナショナリズム
- 社会統合の再建イデオロギーとしてのナショナリズムは、既存社会の危機・解体を新自由主義の結果としてではなく、戦後民主主義、戦後個人主義の所産とみている。「個人主義」「私民社会」「大衆社会」「伝統の破壊」「文明病」などのタームで表現されている。
- 保守・右派イデオローグにあっては、新自由主義的改革によってもたらされた階層間格差や貧困化はほとんど問題にされていない。彼等にあっては、社会の危機は「自由と豊かさによる退廃」に尽きているのが特徴である。
- 彼等が社会統合の危機に対する処方として打ち出すのは、もっぱら伝統的・復古的な色彩の共同体的紐帯や家族主義的紐帯の再建や「公」への献身などである。天皇制も天皇への無私な献身の伝統の喚起のために持ち出される。