▼求められる民主主義的政治能力とは──イギリス──
佐貫浩『イギリスの教育改革と日本』高文研 「Ⅹ シチズンシップの教育」より
青年(のみならずわれわれ市民やその子弟)の自己形成に関係するものと感じられたところの抜粋(引用符でないところも。文言はそのままではないところもある)。
本書は1999年〜2000年の研究というよりは「見聞録」であって、【日本の教育改革=イギリス】という「当てはめ考察」の具材としては不十分だと思われるが、イギリスの格差社会の紹介、社会の「崩壊」と「民主主義の伝統」など興味深い記事も多かった。(もう一度、抜書き資料をUPする予定。 追記することにしました。)
とりわけ下の抜書きは共感し教えられるところが多かった。
労働党の教育政策で重視されているものの一つに、シチズンシップの教育がある。1998年にクリック(ロンドン大学教授)・レポートが出され、セカンダリースクールでは2002年からこの授業が義務化されることになった。シチズンシップの教育は、……「市民を育てる民主主義と政治の教育」といったほうが(「公民科」よりは)ニュアンス的に近いと思われる。
この動向の背景には、二つの変化がある。第一の要因は、世界的なグローバル化の進行の中で、拡大しつつある社会的矛盾と、国民解体とでもいうべき事態をどう克服するかという天である。すなわち国民統合のための教育への期待である。……
第二の背景は、1997年の総選挙……で18歳から24歳までの青年は、32%が投票に行かなかったことがわかった。(投票率が低かった)
イギリスにおけるシチズンシップ教育
キー概念
クリック・レポートに示されたシチズンシップ教育のキー概念
- 民主主義と独裁
- 協同と活等
- 平等と格差
- 公正、正義、合法性、規則、法と人権
- 自由と秩序
- 個人とコミュニティー
- 権力と権威
- 権利と責任
価値
クリック・レポートに示されたシチズンシップ教育の目標的価値
スキル
クリック・レポートに示されたシチズンシップ教育の目標的スキル
- 道理にかなった主張を書いたり話したりできる能力
- 他者と協同し、効果的に働く力
- 他者の資格や経験を評価し考慮する能力
- 他者の視点に対する寛容の能力
- 問題解決的なアプローチを展開する能力
- 目の前に提出された証拠に対する批判的接近方法と新しい証拠を発見する能力
- 社会的、道徳的、政治的な状態や挑戦に対して、識別し、応答し、影響を与える能力
日本における市民的力量不形成の教育
佐貫浩氏が考える市民的力量が立ち上がっていかないという日本の教育の負の特徴
1.唯一の正解のための教育
- 日本の子どもが学ぶ学習空間が画一的で、効率的な思考方法と記憶力を鍛えて、唯一の正解に迅速に到達することを競う空間となっている。
- そのため、成績により子どもをランク化する差別空間となり、自分の意見や見解を形成する契機がほとんど失われている。
- つねに唯一の正解が存在し、自分の意見、独自の思想等々は影が薄くなっていく。
- 学習の場にはそれは絶対的な権威と評価権を持った教師が君臨し、また学力による生徒のランク化が人間の平等間を掘り崩していく。
- この学習空間では、多様な見解を持って論争しあい協同を探っていく対等平等な市民関係の具体的なイメージは生まれてこない
2.論争的な社会問題の学習の欠如
- 唯一絶対の正解がない問題に関する学習が欠落している。
- 社会的論争事項を学習に持ち込むことは「偏向教育」だという行政からの圧力・攻撃と自主規制
- 論争的社会問題を学習させる方法論や教育学の未熟
日本青年における市民的力量未熟に関する環境
佐貫浩氏が考える青年の市民的力量に関する日本の社会構造の特徴
- 青年を政治や社会生活の場面から切り離し、競争の世界でのみ社会化してきた(ここ30年)
- 消費社会の浸透が、それとは異なった民主主義と政治を媒介とした方法の世界、市民として生きる世界を青年から奪ってきた
- 人と人との関係を媒介して人間存在の意味を確認し実感するような人間の共同性を実現するための交わりやコミュニケーションのスキルを喪失。相互に孤立してストレスを抱え、閉塞した自己にイラつくという状態が広がり、表現を通して共感し、討論し、民主主義を実現していく道が閉ざされている。
- 政治そのものがその腐敗・汚職によって政治そのものの持っている道徳的権威を失い、青少年の自己形成に及ぼす力を失っている。
- 教育のなかで、真の政治の姿を把握させることに成功していない
[追記]
民主的教育とは何か
佐貫浩氏「イギリスの教育学モデル」『イギリスの教育改革と日本』高文研より
下に紹介する表は英文が原典にあるが、詳細は本書を読まれたい。(また下表は丸々訳文の機械的コピーに近いが完全なそれでもない)
当然、教育において・教育が目指される価値は表の右端にある。われわれが青年たち、子どもたちに接するとき、あるいは子弟が学校でどのように学校や教師から接せられているか、非常に参考になると思われる。
私はなかなかすばらしい表であると思う。何度も立ち返って自己を点検したいものだ。愛国心も「教化」されるならもろいものとなるか、狂信的なものとなろう。恐い恐い。
教化 | 養育 | 教授 | 訓練 | 教育 | |
キーコンセプト | 閉じられて いること | 開かれていること | |||
機能 | 条件付け | 社会化 | 知識の配分 | スキルの配分 | 学ぶことを学ぶ |
焦点 | 目的又は制度 | 文化 | 教科 | わざ。 テクニック | 生きることと人間 |
道徳性 | 非道徳。 価値の強制 | ←無道徳・道徳→ 価値の受容 | 道徳 価値を疑う | ||
合理性 | 不合理。 証拠の歪曲や 無視 | ←無合理・合理→ 証拠の受容 | 合理的 証拠を疑う | ||
学習の方法 | 刷り込み | 同化 | 記憶 (理解) | 熟練 (理解) | 発見と関与。参加 |
選択 | 教師による決定 | 慣例による決定 | シラバスによる決定 | 学習者との協議 | |
リーダーシップ | 独裁的な強要。 同意なし | 父権・母権的 庇護と指導。 同意の育成 | 指示的。 情報の 供与と説明。 同意の想定 | 指示的。 立証と実践。 同意の想定 | 民主的。 パートナーシップの育成 同意の探求 |
シラバスとは「講義の摘要。講義要目」とのことなので、与えられたプログラムということか。