▼戦争の違法性と自衛権行使の例外性(或いは自衛権そのものの例外性)

国連憲章においては、個別的自衛権の軍事的な行使は例外・もしくは「自衛権」そのものが例外だという説明

平和問題についてはあまりに論争的であり、かつ自分の中での「結論だけ」は確定したものがあったので、実は考えたり学んだりすることは殆どなかった。恥ずかしいことである。


たまたま拝読した『伊藤真のけんぽう手習い塾』「第9回 自衛権と集団安全保障」に

いくら戦争を避けようとしていても、他の国から戦争を仕掛けられてしまったら応戦せざるをえない。だから国家は自衛権を持つのだというわけです。
ここで自衛権とは、ある国家が、他の国家から不法な武力攻撃を受けたときに、それを排除するうえで他に手段がなく、緊急やむを得ない場合に、必要な限度を超えない範囲で反撃する権利と定義されています。
もちろん、この定義からもわかるように攻撃されたら何をしてもいいというわけではありません。【1】急迫不正の侵害があること、【2】その侵害を排除するために他に手段がないこと、【3】排除するために許される実力行使は必要最小限であること、という3要件を満たす必要があります。

 第2次世界大戦後に生まれた国連憲章では、原則として一切の戦争を違法としています。そして、国家の安全は後に述べる集団安全保障によることとしています。国際の平和を維持するためには、一国の自衛権に頼るのではなく、あくまでも集団で対処することにしました。ただ、例外的に集団的措置をとることができないときに限って、自衛権を認めたのです(国連憲章51条)。自衛権の行使も例外として位置づけられました。国家が当然にもっている権利という発想ではないのです。

 集団的自衛権はもともと、アメリカが合法的に軍事行動をとるための免罪符として創り出されたものといえますが(そのあたりの経緯は、浅井基文さんの『集団的自衛権日本国憲法集英社新書)』を参照してください。入門書としてとても勉強になります。)、その後も、ベトナム戦争を始めとしてありとあらゆる戦争が集団的自衛権の名の下に行われてきました。
個別的自衛権集団的自衛権も、国家がもともと持っているから当然の権利として、国連憲章で規定されたのではなく、大国の意向によって、国際政治の妥協の産物として規定されたにすぎません。しかも、集団安全保障が機能するまでの例外としての位置づけです。

不勉強であるため、「戦争が違法」「戦争の違法化」というのは初めて知った。だって、日本は第二次世界大戦後ずっと朝鮮戦争ベトナム戦争・中東アジアの諸戦争に協力してきたではないか。そして国連すら制止するイラク戦争に協力したばかりだし・し続けているではないか。戦争が国連憲章に違反しているなんて、誰も教えてはくれなんだ。
「あかんやん!」(「ダメたいね!」)
上の伊藤氏の説明が不正確であったとしても、国連憲章自体はもっと憲法とともに中学・高校で重々知らされ・教育されるべきである。
では、国連憲章においては「戦争は違法である」とか「自衛権は例外」ということは如何に規定されているのであろうか。

自衛権の行使

「集団的自衛権」はなぜ必要なのか?(2)週刊東洋経済TKプラストップ > 政治・経済 > ふじすえ教授のやさしい政経

 しかし、自衛権は無制限に認められるわけではありません。発動するためには、被攻撃国による、(1)武力攻撃を受けた旨の宣言、(2)明示の援助要請、という二つの要件を満たす必要があります。そうすることによって、その濫用に歯止めを掛けています。(1986年の国際司法裁判所ニカラグア事件本案判決)

ふーん。


国際連合憲章における戦争・武力行使の違法性

国連憲章のそれらしいところ抜粋
http://www.lares.dti.ne.jp/~m-hisa/uncharter/japanese.html
http://www.mod.go.jp/j/library/treaty/kenshou/kenshou.htm

われら連合国の人民は、
われらの一生のうちに二度まで言語に絶する悲哀を人類に与えた戦争の惨害から将来の世代を救い
基本的人権と人間の尊厳及び価値と男女及び大小各国の同権とに関する信念をあらためて確認し、
正義と条約その他の国際法の源泉から生ずる義務の尊重とを維持することができる条件を確立し、
一層大きな自由の中で社会的進歩と生活水準の向上とを促進すること、
並びに、このために、
寛容を実行し、且つ、善良な隣人として互に平和に生活し、
国際の平和及び安全を維持するためにわれらの力を合わせ、
共同の利益の場合を除く外は武力を用いないことを原則の受諾と方法の設定によって確保し、
すべての人民の経済的及び社会的発達を促進するために国際機構を用いることを決意して、
これらの目的を達成するために、われらの努力を結集することに決定した。

よって、われらの各自の政府は、この国際連合憲章に同意したので、ここに国際連合という国際機関を設ける。

第1章 目的及び原則
第2条〔原則〕

この機構及びその加盟国は、第1条に掲げる目的を達成するに当っては、次の原則に従って行動しなければならない。

すべての加盟国は、その国際紛争を平和的手段によって国際の平和及び安全並びに正義を危うくしないように解決しなければならない
すべての加盟国は、その国際関係において、武力よる威嚇又は武力の行使を、いかなる国の領土保全又は政治的独立に対するものも、また、国際連合の目的と両立しない他のいかなる方法によるものも慎まなければならない

第7章 平和に対する脅威、平和の破壊及び侵略行為に関する行動
第51条〔自衛権

この憲章のいかなる規定も、国際連合加盟国に対して武力攻撃が発生した場合には、安全保障理事会国際の平和及び安全の維持に必要な措置をとるまでの間、個別的又は集団的自衛の固有の権利を害するものではない。この自衛権の行使に当って加盟国がとった措置は、直ちに安全保障理事会に報告しなければならない。また、この措置は、安全保障理事会が国際の平和及び安全の維持又は回復のために必要と認める行動をいつでもとるこの憲章に基く権能及び責任に対しては、いかなる影響も及ぼすものではない。

まあ、こんなところかと思うのであるが、そしてまた、解釈のみならず国連そのものに対する否定的見解もあろうかと思うのであるが(この分野は何でもあるのでイヤになる)、こうした文章を恥ずかしながら初めて目にしたので、メモしておくことにする。



百万歩譲っても、日本は第二次世界大戦後継続してアメリカの「戦争」に協力してきた。「恥ずかしい国」と言われても仕方がないと私も思う。



参考: