岡崎祐司「『福祉国家』と社会福祉の基層」」『総合社会福祉研究 第20号』 2002年 総合社会福祉研究所

こうした原則的で教科書的なことをきちんと踏まえておくことも重要だと思ってノートします。例によって運動論的な寛容を期待して、抜粋もさせていただきます。
私は時間をかけて福祉の勉強をしたことは無いのだが、貧困化の時代に避けては通れないことでありますのでノートするものです。

1.資本主義国家としての「福祉国家Jump
(1) 階級国家としての資本主義国家
〔国家とは〕 Jump
(2) 新自由主義による「福祉国家」批判の本質 Jump
〔現代資本主義国家のトータルな姿〕
〔「福祉国家」発展の資本主義国家としての歪み〕 Jump
新自由主義による「福祉国家」批判〕 Jump
2.「福祉国家」形成の三つのルート Jump
(1) 社会問題と「福祉国家Jump
(2) 市民社会における社会福祉と「福祉国家Jump
(3) 「生活の社会化」と社会福祉サービス Jump
 1) 地域共同体の解体と生活の市場化、公共化
 2) 階級社会における地方自治体の民主化住民運動 Jump
3.独占資本の「福祉国家」掌握と民主主義による掌握の対立 Jump
(1) 福祉政策対象の設定
 〔社会福祉の「対象の対象化」〕
 〔独占資本の負担ではなく国民負担で、問題発生から常に立ち遅れる〕Jump
(2) 市民社会における社会問題への対応Jump
 〔市民社会による社会問題への対応の意義〕
 〔市民社会への社会問題の責任転嫁〕Jump
 〔新しい市民社会の醸成と民主主義による「福祉国家」掌握〕Jump

1.資本主義国家としての「福祉国家

(1) 階級国家としての資本主義国家

福祉国家」が本質的には現代資本主義国家であり、国民統合にかかわる諸政策の発展に着目した現代国家の特徴づけに過ぎないとする論は、「福祉国家」幻想論となり、「福祉国家」を解体させても現状はよくはならない。
資本にとっては譲歩であり、労働者階級にとっては成果である福祉国家の現実的意義や有効性を、階級支配や資本化主義的競争のための手段から解放して国民本位の制度・機関に作り変えていく運動を高めることが、国民の新しい福祉にとって大切である。

〔国家とは〕 


 そもそも歴史的にいって国家は、階級社会の産物である。社会矛盾が深まり支配階級と被支配階級の対立が激化し階級闘争が激しくなると、支配階級は被支配階級を抑圧し搾取を継続するために階級関係を維持する機関を必要とするようになる。階級社会が自由放任の状態では全社会的に解決不可能な矛盾を深めてしまい、諸集団の利益対立を調整することが不可能になり、階級闘争が激化する。それは社会を不安定にさせるだけではなく、階級関係の維持にとっても不安定な状態を生み出す。そこで、社会(人々が社会関係を結んで維持している領域・空間という意味での)のうえにそびえたち、全人民の利益を守るという公的機関としての衣をまとって衝突を緩和させ、秩序を維持し、支配構造を維持するための権力装置が必要となった。それが国家であり、社会から発生しながら社会の上にそびえ被支配階級を疎外する機関としてある。

……階級的性格をもつ資本主義国家は、社会全体の利益になる共同業務も営んでいる。それは〔論理的に〕階級社会以前の共同体における共同業務を踏み台にして成立しそれらを引き継いでいることもあるが、社会の上にそびえたつには、共同業務を担い「公的」な外見をつくらなければ超然と労働社会杞憂を支配し統治することはできないからである。優位津の権力者、公的強制力の行使者として認知されるためには、階級的性格を貫くのに必要な範囲で共同業務を遂行せざるをえないのである。
 ただし、資本主義国家が階級的機関としての性格と共同業務の担い手としての性格の二重性を持っているのではなく、共同業務の遂行のなかに階級的性格が貫かれているのである。

(2) 新自由主義による「福祉国家」批判の本質
〔現代資本主義国家のトータルな姿〕

宮本憲一氏による財政からの三つの位相(『現代資本主義と国家』岩波書店、1981)

  • 福祉国家」:生産力が低下し国家が労働力を全面的に管理しその危機に対応
  • 「企業国家」:管理経済を志向しつつ大企業を中心として企業の資本蓄積を国家が助成し、公共投資や教育の向上を中心に生産力の発展を図ろうとする。
  • 「軍事国家」:世界資本主義体制の維持・拡大と同時に過剰資本の市場として失業の解消のために軍事費を拡大する性格を持つ。

この分析に従えば日本は「企業国家」のベクトルが突出しており「福祉国家」のベクトルは弱く、「企業国家」「軍事国家」に従属的である。日本における「福祉国家」解体路線は「構造改革」路線という日本型企業社会の再編の課題を伴って出てきていることが特徴である。

〔「福祉国家」発展の資本主義国家としての歪み〕

福祉国家」のベクトルが強まったとしても、それは

  • 大衆課税など国民収奪の強化と法人税減税など資本負担の回避、
  • 公共業務の集権的官僚体制維持の資源への転化・変質
  • 公共業務の資本の利潤の源泉への転化、あるいは市場化
  • 労働市場の競争激化
  • 公共業務が大気で統制的で矛盾隠蔽的な住民運動の手段に活用される

などということがある。
 「福祉国家」の発展は「企業国家」「軍事国家」の発展を伴うので、政治腐敗を生み出すが、支配層はこれらの問題を「企業国家」「軍事国家」の欠陥としてではなく「福祉国家体制の欠陥」としてイデオロギー攻撃を強化させる。

新自由主義による「福祉国家」批判〕

宮本憲一「公共性の政治経済学を」『公共性の政治経済学』自治体研究社、1989も参照。

  1. 民営化路線の徹底
  2. 規制緩和
  3. 社会サービスカットと税制改革による財政再建
  4. 新たな中央集権化(地方は切り捨てながらコントロール。審議会方式で議会権限を縮小し、司法は行政に従属させる)


政治家や官僚と癒着して「企業国家」型の保護行政と財政動員によって恩恵をこうむり社会的生産の成果を食いつぶしてきた大企業の責任は、新自由主義のなかではまったく考察の対象にはならない。労働者階級の生活の発展は高い経済成長を実現した資本主義的企業の恩恵だと位置づけ、社会矛盾の激化については一面的に「福祉国家」に依存してきた国民の責任に押し付けるのが、新自由主義や「構造改革」路線の「福祉国家」批判の特徴である。競争社会の激化と小さな政府論を軸に「福祉国家」への諦観を拡大し、多国籍企業支援のための「企業国家」再編を正当化させることが新自由主義の果たす“理論的役割”である。

2.「福祉国家」形成の三つのルート

  1. 社会問題の深化・階級闘争の激化を回避・解消するための階級的譲歩としての国家による対応
  2. 市民社会における社会問題への市民的対応から市民社会統合のための国家政策として
  3. 「生活の社会化」に対応し地域、地方自治体を基盤に、国家ではない下からの「福祉国家」的対応が積み上げられるルート
(1) 社会問題と「福祉国家

第一の労働者階級の運動を中心に専門労働者や市民社会の運動が資本をして譲歩せしめる「福祉国家」へのルート。
社会問題対策は階級支配の強化や階級関係の維持という目的の範囲内で実現され、階級的性格を持つ。したがって、

  • 福祉国家」における公共政策の発展は労働者国民の側の運動による。
  • 福祉国家」における公共政策の空洞化や解体は資本の力による。
(2) 市民社会における社会福祉と「福祉国家

 真田是「社会福祉とはなにか」『現代日本社会福祉法律文化社、1982年も参照。
福祉事業・活動を生み出す「市民社会の統合」による体制維持というルート。
市民社会において階級対立や矛盾が公然化すると貧困や社会問題に向けたボランタリーな連帯や活動も発生し、社会福祉の原型が形成される。友愛や連帯の市民社会の原理に由来するものである。この活動は社会的弱者の状況を明らかにし、貧困・不衛生・退廃など個人の能力や不適応の問題ではなく社会構造の問題としてとらえるようになり、救貧運動が発生し、公共性を志向する運動となる。
公共的対応を迫る運動は労働者階級の運動と市民社会の運動との双方から出てくる。


市民社会における新たな社会問題の発生が、資本主義国家に社会問題対策としての労働政策、社会保障社会福祉という新たな公共業務を付け加えたというべきであろう。

(3) 「生活の社会化」と社会福祉サービス
1) 地域共同体の解体と生活の市場化、公共化

 資本による地縁・血縁の共同体の解体に伴う貧困化は、生活者をして生活様式を市場における商品供給を前提にした個人消費と公共サービスによる共同消費の二つに頼る様式に変化せしめる。「生活の社会化」が商品化・市場化を狩猟としながら進展するが、そのことが旧共同体が担っていた機能の公共化・共同化の必要性を浮き彫りにする。

2) 階級社会における地方自治体の民主化住民運動

旧共同体の解体と生活の変化が進展すると、共同体と政治が未分化であった地域の政治状況も変化する。保育・環境・教育など住民の切実な生活要求を基礎にした、担い手の多くが女性の住民運動が発展し、教育・保育・福祉・医療・保健などの社会サービスが発展した。また、地方自治体は統制・徴税の機能に加え、人権保障機能を持つようになる。このことは住民の生活問題と向き合う公務労働者を生み出し、自治体の民主化をいっそう進めた。

3) 社会福祉サービスの意義
  • 社会福祉サービスの起源は地域共同体であるが、いまやそれを越えて公共的である。
  • 社会福祉労働は社会問題の本質についての正確な理解と人間発達についての科学的認識に支えられて、生活問題の具体的あらわれとその影響、ことに人格形成過程への影響とそれを媒介としてさらに重層化している生活問題の実態を正しく見抜き、生活保障と発達保障のための援助をしていく内容を持つ。(cf. 窪田暁子『社会福祉の明日をめざして』日本福祉大学企画室、1981)


したがって、生活基盤の強化といった物質的対応だけではなく、コミュニケーション能力を土台に、信頼と共同の関係を形成する福祉労働の専門性が必要になる。……社会福祉「基礎構造改革」でいわれるような「利用者」、「顧客」という対象者像は対象者の一面を誇張したもので、総合的なものではない。

3.独占資本の「福祉国家」掌握と民主主義による掌握の対立

(1) 福祉政策対象の設定
社会福祉の「対象の対象化」〕

社会福祉国家の政策は、それを放置すれば社会不安を拡大し秩序の不安定につながる社会問題について制度をつくり、その一定部分を対象化するのであって、すべての貧困、全ての社会問題に対応したりはしない。
また資本蓄積や労働力確保に直接関わる領域(公的扶助、保育)などは比較的早く対応するし、企業社会の形成とセットにして労働者の統合を機能させる領域(労働者福祉、社会保険)は職域のシステムを基礎に拡充される。
比して高齢者、児童、障害者、単親など社会階層別の社会福祉サービスは資本にとっては相対的過剰人口層への対応であり、社会統合の面でも企業社会への統合の面でも二次的である。

〔独占資本の負担ではなく国民負担で、問題発生から常に立ち遅れる〕

地域福祉は、地域共同体の解体によってもたらされた地域問題に対して、地域や家族によってカバーする意図をもって賞揚されたが、地域共同性の衰退が著しく、社会福祉サービスの組織化・連携が課題とされる地域福祉が政策になってきた。
企業社会の強化や企業社会への統合に有利な領域は優先的に整備される。安価の労働力の流動化のための保育制度、低賃金構造維持のための生活保護制度等々である。
二次的領域である障害者・高齢者は運動や問題の深刻化に伴い国民統合の意味が出てきてから着手された。
これらは大衆からの収奪の強化によって拡大整備されているところに階級国家としての性質が現れている。

(2) 市民社会における社会問題への対応
市民社会による社会問題への対応の意義〕


……〔「対象の対象化」外の社会問題は〕いつ訪れるともわからない「福祉国家」的対応があらわれるまで〔待つのではなく、〕……市民社会が自主的活動や事業による対応をはかる。その出発点にあるものは、市民として連帯し共同したいという社会的意欲と自己の存在意義を確認し自己実現をはかりたい欲求であり、個人が社会に向かって開かれて行く人間発達の軌道である。

市民社会への社会問題の責任転嫁〕

今日の社会福祉「基礎構造改革」は、福祉の市場化プラス市民社会の再統合という性格を帯びており、

  1. 市民社会の自主的活動や非営利組織に国民統合の機能を期待・振興し
  2. 市民社会の自由・自立・選択などのイデオロギーでもって社会問題への私的対応システムへの転換

を行っており、市民社会を尊重する見せかけの影で責任を市民社会に転嫁している。

〔新しい市民社会の醸成と民主主義による「福祉国家」掌握〕

岡崎氏には「福祉国家」のもとで「対象の対象化」から漏れた社会問題について、市民社会に対する期待があるようにも読める。それでも当然ながら新自由主義のように市民社会にそれを押し付けるのではなく、市民社会の事業に公的資金が還流する仕組みをつくり発展させる政策手法が必要であるという。それには民主主義による「福祉国家」掌握が必要なのだと言う。換言すれば「福祉国家」のもとで形成された制度・領域を規制緩和によってあらためて独占資本の蓄積材料に解放するのではなく、国民参加のもとで民主的に管理・運営する民主主義の発展が不可欠であると言う。
その「民主主義の発展」については残念ながら直接には言及されていないようであるが、福祉労働者、公務労働者の連帯した運動に期待を寄せておられるようである。