▼近代スポーツと公正:所詮は Macht や Gewalt の支配

負け組はなんど戦っても負け。カネと権力がないから。

相対的に金銭や権力の強い場面では、スポーツそのものの結果より金銭と権力の都合が勝敗を決する。そういう意味ではスポーツの公正も或いは偶然的なものか。

「眉毛をそってるから」負け 鹿児島の中学総体

http://www.asahi.com/sports/spo/SEB200607280026.html
2006年07月29日11時00分

 鹿児島県中学校総合体育大会バドミントン競技女子団体戦の準々決勝で、眉毛をそっていたことを理由に、試合に勝った生徒を負けたことにしていたことが28日、わかった。その結果、団体戦の勝敗も覆ったという。教育関係者からは「スポーツと生活指導を一緒にしている」と疑問の声があがっている。
 同県中学校体育連盟によると、25日に開かれた大会の女子団体戦準々決勝で、鹿児島市内の伊敷台中と伊敷中が対戦した。
 団体戦はダブルス、シングルス、ダブルスの計3回対戦し、先に2勝した方が勝ち進む。伊敷中が2―0で勝ったが、試合後、伊敷台中の選手が「眉毛をそっている生徒がいる」と県中体連側に訴えたという。
 県中体連は大会前に、髪を染めたり、眉をそったりするなど「周りに不快感を与える服装」をした場合は、出場を認めない場合もあると、各校に知らせていた。
 生徒指導を担当する「専門部」が協議し、眉をそっていた最初のダブルス戦の選手を「負け」とし、1―1としたうえで、3試合目をさせることにしたという。その結果、伊敷台中が勝ち、準決勝に進んだ。
 県中体連の吉ケ島隆良会長(59)は「眉をそった生徒には、守るべきものがあるということを確認してほしかった。本人も認めており、人権侵害ではない」と話した。
 教育評論家の尾木直樹・法政大学教授の話 スポーツの大会では考えられない話。身だしなみは試合と全く関係がなく、生活指導が先行しすぎている。あいまいな規定を根拠に、主催者が権限を乱用したと言わざるを得ない。指導は大会の外でやるべきだ。

採点法「ダウンの価値下がった」 審判報酬は興行側持ち

今スポーツと公正の点で話題なのはボクサー亀田興毅氏(だけ)がダウンをとられながら判定勝ちになった試合の件である。その背景にはまさに Macht Gewalt の存在が公然たる無関係の関係として、今や声高に叫ばれつつある。

http://www.asahi.com/national/update/0803/TKY200608030496.html
2006年08月03日21時42分

 世界ボクシング協会WBAライトフライ級の王座決定戦で、なぜ今回のような判定が生まれたか。日本ボクシングコミッションJBC)の安河内剛事務局長は「今回の判定に口を挟む立場ではない」と断った上で、「10ポイントマスト」と呼ばれる今の採点傾向の問題を指摘する。
 プロボクシングは各回を10点法で採点する。(1)互角なら10―10(2)若干の勝ちなら10―9(3)ダウンを奪うなどしたら10―8(4)KO寸前に追い込んだなら10―7、の4段階だが、最近はドローを避けるため微差でも「10―9」とするのが主流。今回も1人が1回だけしか10―10を使わなかった。鮮やかなダウンを奪って10―8としても、微妙な2回分の9―10で帳消しになる。安河内事務局長は「ダウンの価値が下がった」と説明する。
 その判定をするジャッジだが、世界戦は認定団体が指名する。今回はWBA。各国コミッションの推薦を受け、国際A級ライセンスを支給したメンバーから選ぶ。
 ただ、ジャッジは、他の仕事で生計を立てている人がほとんど。報酬などは試合を主催した興行側(今回は協栄ボクシング)が負担する。顔ぶれも認定団体は興行側の意向は聞かないというが、WBAのメンドーサ会長が亀田選手の父史郎さん用に「チャンピオンベルト」をあらかじめ用意していたことなど、いろいろな形で日本側に気を使ってきたのも事実だ。

何度でも再チャレンジできる社会って言うけど、スタートラインもコースもリングもラウンドも違うの。